ストリートビュー

石見銀山遺跡にはさまざまな施設や見学地があります。
現地を歩いてみる前に、代表的なスポットを眺めてみましょう。
(Googleマップ ストリートビュー スペシャルコレクションより)
◇スポット一覧 大久保間歩--龍源寺間歩--大森の町並み--代官所跡--熊谷家住宅--旧河島家--渡辺家住宅--羅漢寺--勝源寺--佐毘売山神社--仙ノ山展望台--清水谷製錬所跡--温泉津の町並み--沖泊--温泉津沖泊道--鞆ケ浦--鞆ケ浦道
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大久保間歩
 
  大久保間歩は、石見銀山でも最大級を誇るといわれる坑道です。坑道内部では、江戸~明治時代にかけての、人力から機械・火薬を用いた採掘痕の変化を見比べることができます。現在はツアー形式により限定的に公開しています。
申込みはコチラ→◆大久保間歩一般公開ツアー
龍源寺間歩
 
  龍源寺間歩は、「銀山七谷」のひとつ、栃畑谷という地域にある、銀と銅を産出した坑道です。平成元年から、観光坑道として常時公開しています。
大森の町並み
 
  銀山に関わって発展した町並みです。重伝建地区に選定されており、銀山稼業当時の町割りが残されています。武家屋敷、商家、寺社などが往時の姿を留め、さまざまに活用されています。
代官所跡
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  銀山御料(幕府直轄領)の名残をとどめる代官所の跡です。江戸時代のものとしては、表門と門長屋が残されています。現在は石見銀山資料館として運営されており、石見銀山に関する資料を観覧することができます。
熊谷家住宅
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  大森に残る最大の商家建築です。熊谷家は町役人のほか、代官所の御用商人、掛屋、郷宿などさまざまな役割を果たしていました。保存修理事業によって幕末期の姿に復元し、豊富に残る家具調度品を活用した、暮らしに関する展示を行っています。
旧河島家
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  19世紀初頭に建築された、大森の町中にある武家屋敷で、代官所地役人の遺宅です。武家の調度品などを展示しています。
渡辺家住宅
 
  銀山柵内の入口付近にある、国指定史跡の武家屋敷です。史跡としては全国的にも珍しい例ですが、活用施設としては無料休憩所として公開しています。
羅漢寺
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  真言宗の寺院です。向かいの石窟には、「五百羅漢」像が安置されています。これは当時の大森代官や地役人を始めとした大森周辺の人々の寄進により、銀山で働いていた人々を供養するために彫られたものです。
勝源寺
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  徳川幕府二代目奉行の竹村丹後守が大旦那として建立された、大森奉行や代官の菩提寺です。徳川歴代将軍を祀る東照宮が裏山に佇んでいます。
佐毘売山神社
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鉱山の神、金山彦を祀る山神社です。そばの遊歩道は仙ノ山の山頂へとつながっています。

仙ノ山展望台
 
 

世界遺産センター裏手の遊歩道を登った先、仙ノ山の中腹にある展望台です。大森の町並みや山吹城跡、三瓶山を一望することができます。

清水谷製錬所跡
 
 

明治時代に石見銀山が再開発された際に建てられた製錬所の跡です。登っていくと、選鉱場や鉱石の搬出口になった坑道、蔵之丞坑までの、トロッコ道の跡を歩くことができます。

温泉津の町並み
 
 

大森への物資の輸入港としても栄えた温泉町です。港町、温泉町としての稼業が続き、重伝建地区に選定されています。

沖泊
 
  毛利氏支配期に開発された、銀の積出港です。付近には山城も築かれました。江戸時代以降は銀の積出機能は失われて漁港となりましたが、現在も漁業を営む集落が残っています。
温泉津沖泊道
 
  温泉津・沖泊と大森を結ぶ街道で、毛利氏時代には銀を運び出し、江戸時代以降にも温泉津を通じて大森に生活物資などを運ぶ要路とされました。石畳の道や道中の宿場町(西田)などに、往時の様子が残されています。
鞆ケ浦
 
  大内氏支配期に銀鉱石を積みだしたと伝えられる港です。現在も漁港として使われています。港の集落内にある世界遺産センターのサテライト施設「鞆館」では、この地域の稼業などの様子を紹介しています。
鞆ケ浦道
 
  大内氏時代に銀鉱石の輸送に使われた、大森から鞆ケ浦へ続く道です。大森から山吹城を越えた道中では、明治時代の製錬施設なども見ることができます。
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