日本海に面したリアス式海岸湾入部にあり、沖泊と隣り合わせの港町。
16世紀後半に石見銀山とその周辺地域の支配の中心地となって活況を呈した。また、古くからの温泉のある町であり、銀山支配の現地代官や著名な戦国大名、文人墨客(ぼっかく)などが逗留(とうりゅう)した。全長800mほどの町並みで、港から東へ向かう谷筋の通りと枝分かれする4本の枝筋に沿って、家屋が建ち並ぶ。江戸時代前期の配置状況と変わらず、間口の狭い短冊状地割りを引き継いでいる。特に狭い谷部の土地利用は、かつての石見銀山と関わりながら発展した町の様子をよく伝えている。

石見銀山の外港として位置づけられた温泉津港の近くには、大きな敷地をもつ旧廻船問屋の屋敷などがあり、「港町」の面影を残している。

なまこ壁
